広島地方裁判所尾道支部 昭和39年(わ)2号 判決 1968年2月26日
被告人 河本清
主文
被告人は無罪
理由
第一、本件公訴事実は
「被告人は、国鉄動力車労働組合岡山地方本部津山支部の執行委員長であり、同組合岡山地方本部が中央指令にもとづき、昭和三八年一二月一三日広島県三原市糸崎町所在の日本国有鉄道糸崎機関区、糸崎駅を拠点として実施した時間内職場集会などの闘争に際し、右津山支部の組合員約六〇名を引率指揮してこれに参加したものであるが、同日午後七時二〇分糸崎駅発呉行六五一D列車の発進を阻止することを企て、午後七時一九分頃同列車が同駅五番線に据付を終るや、右組合員らを引率指揮して同列車の前部運転室乗降口附近に集結させ、自らは同運転室に乗り込んで同室を占拠したうえ、午後七時三六分頃から同七時五七分頃までの間前後三回にわたり、機関士重田進らが同列車に乗務するため乗車しようとするや、右組合員および来援した他組合員ら合計百数十名に対し「スクラムを組め」と命じてスクラムを組ませ、同組合員らと共謀のうえ、その都度右重田進らの進路に立塞がり「ワツシヨイ、ワツシヨイ」と掛声をかけるなどして気勢をあげつつ同人らを押し返し、あるいは運転室内部から乗降口の扉を閉めるなどして同機関士の乗車を阻止し、もつて威力を用いて国鉄の列車運行業務を妨害したものである。」
というものである。
第二、当裁判所の認定した事実
(本件闘争の背景)
国鉄動力車労働組合(以下組合と略称する)は、日本国有鉄道(以下当局と略称する)の動力車に関係ある者で組織された労働組合であつて、組合員の労働条件の維持改善を図り経済的社会的地位を向上し運輸産業を通じて民主的国家経済の興隆に寄与することを目的とし、その組織は本部、地方本部(以下地本と略称する)、支部、地方評議会等からなり、地本は各鉄道管理局及びこれに準ずる範囲毎に、支部は機関区、電車区、気動車区その他動力車に関係ある業務機関毎に設け、決議機関は大会を最高決議機関とし、中央委員会がこれに次ぎ、中央執行委員会が大会と中央委員会の決議を執行することとなつている。
当局は昭和三二年輸送力の増強と近代化を主要目的として第一次五ケ年計画を実施し、ついで昭和三六年度から第二次五ケ年計画を発足させ、電化等近代化の推進に伴い列車のスピードアツプや列車密度の過密化、職場の廃止統合、機械化による労働強化、要員削減等の問題が相ついで起つた。この近代化計画を実施して行くうち、当局は昭和三五年車輛検修委員会(以下車検委と略称する)と称する近代化対策委員会を設けたが、右車検委は車輛の近代化に伴い検修方式(車輛の検査修理の方式)を改革し機関区、電車区基地を整理すること等を計画し、組合に対し「車輛検修作業の集約とこれに伴う検修設備の配置」と称する具体策を提示した。これは組合員の労働条件に多大の影響を及ぼすため組合としては反対せざるを得なかつた訳であるが、これに先立ち組合は昭和三三年八月当局の近代化計画は組合員の生活や労働条件に影響を及ぼすものとして当局に対し計画の内容を事前に組合に提示して協議を行うよう要求し、同年一二月九日近代化計画については相互の完全な理解を目的とする事前の協議を行うという「国鉄近代化計画実施についての基本了解事項」という協定を締結するに至つた。しかし右協約成立後も当局は計画立案過程は一切秘密とし、僅かに計画実施の段階で形式的に組合に提示し、右協定を守らなかつたため組合はこれが履行を求めて休暇闘争を計画したが闘争直前の昭和三四年九月二〇日当局との間に右協定に関して近代化の内容提示は計画中のものを含めること、協議の結論は文書化するという趣旨の覚書が締結された。しかし当局は依然その態度を改めなかつたため、昭和三六年三月、組合は闘争を実施した結果同月一五日「国鉄近代化等に伴う事前協議に関する協定」(事前の協議の対象をより具体的に表現させると共に労働条件に変更ある場合には事前に団体交渉を行い意見の一致を期するものとする)と、「動力車乗務員の労働条件に関する協定」(乗務粁の規制及びその協議について)を締結した。ところで当局は前述の如く検修委を設け、検査修繕の集中化、基地の統合廃止等の方針を打ち出したが、組合は右方針が乗務員の列車安全運転の限度を超えているとして反対し、当局に対し乗務員の安全を確保するため要員確保、休養設備改善等諸要求をなしてきた。
(本件闘争に至るまでの経過)
以上の如く、組合は検修合理化に対する反対と、安全運転要求を中心として当局と種々交渉してきたが、昭和三八年になり車検委の合理化方針は各地で具体化されてきたため、組合は同年六月第一四回定期大会を開催し、検修方式等各具体的問題についての組合側の方策を定め、合理化反対闘争を強力に組織化して行くことを決議し、同年一〇月一〇日第四〇回中央委員会において検査修繕、車輛保守に関し要求事項を決定し、合理化反対闘争を一二月中旬に最大限の力を集中して闘うことを決定し同年一〇月一七日当局に対し「当面の動力車基地及び車輛配置に関する申し入れ」及び「近代車輛の検修方式についての申し入れ」を提示したが妥協の見通しがたたないまま、同年一一月七日組合本部は闘争に備えて、同年一二月一日以降当局との間の労働基準法第三六条に基く時間外協定(以下三六協定という)を締結しないこと、なお日々更新の出来うる地本を除き同日以前に協定期限が満了する場合はその時点で無協定とすることの指令を発し(もつとも広島地本では右指令に反して同年一二月七日、同日から同月一五日までの期間三六協定を締結していた)、続いて同年一一月二六日組合の全国組織部長会議を開催し闘争目標を(1) 安全輸送の根本的な対策を確立するため、安全運転を重点にした列車ダイヤの組替えと乗務員労働条件の改善等(2) 車検委方針の撤回動力車基地廃止反対と組合要求の協定化(3) 週四十二時間の時短実施(4) 年末手当昇給新賃金の獲得(5) 給与並びに労働条件諸懸案事項の解決の五主目標とすることを確認すると共に同年一二月一三日前後及び二〇日前後に乗務員を含む時間内二時間の職場集会を実施することを決定し、同年一一月三〇日右方針に従つて組合本部は同年一二月一三日と二〇日前後に二時間の職場集会を実施する体制を確立することを含む指令を発した。ついで同年一二月三日中央執行委員会を開き同月一三日午後七時を基準に二時間、関西地評岡山地本糸崎において勤務時間内職場集会を実施、実施方法については派遣される中央執行委員(以下中執と略称する)が現地で具体的に指示する旨指令を発し同月七日山上邦彰、福井武の両中執を派遣中執として岡山地本に派遣した。同月八日両中執は関西ブロツク代表者会議を行い席上岡山地本兼高執行委員長に闘争実施の具体的方法を指示した。即ち(1) 一二月一三日午後七時から九時までの二時間糸崎駅で時間内職場集会をする。(2) 乗務員は一個所に集中する。(3) 内勤者はその職場で職場集会をする。(4) 通過列車の乗務員は職場集会から除外する。(5) 各駅停車でも糸崎駅で交替しない乗務員は除外する。(6) 代替乗務員は説得して自主的に集会に参加させるという闘争方法である。そして関西ブロツク関係の各地本、国労等からの支援動員を要請することとし、同月八日糸崎機関区長、同月九日岡山鉄道管理局長にそれぞれ中央交渉が進展しないので本部指令により糸崎機関区で午後七時から二時間職場集会をする旨を通告した。
(本件闘争の経過)
同年一二月一三日、当時動労岡山地本津山支部の執行委員長であつた被告人は本部指令により本件闘争に参加すべく同支部組合員を引率して糸崎駅に到着し、一旦山上中執の指示によつて右同支部動員者約六〇名を引率して同駅機関区下り出区線に配置され、同出区線のピケ隊の指揮者坂下、福知山地本執行委員長の指揮下に入つた。ところで同駅下り4番線ホームには広島地本等からの動員者が同日午後七時発下り急行列車「しろやま」の乗務員の職場集会参加説得のため配置されていたが、同列車が同ホームに到着すると同時に乗務員が多数の鉄道公安官に擁護され乗車発車したため乗務員に対する右説得が不可能となる事態が起つた。そこで山上中執は同駅下り5番線ホームを午後七時二〇分に発車する六五一D列車の乗務員についても右と同様の事態が起つては闘争の目的が達成できないと考え、急遽同ホームの動員者を増員することとし、下り出区線の指揮者坂下執行委員長に対し指揮下の津山の動員者を同ホームの方へ移動させるよう要請し、且つ右六五一D列車の乗客対策については準備していなかつたのでその場に居た被告人に対し右乗客対策の任務をも含めて同ホーム(当時同ホームの指揮者は岡田大阪地本執行委員長であつた)へ行くよう指示した。右六五一D列車は、午後六時四四分糸崎駅着の六五〇D列車がそのまま六五一D列車となり折り返し運転されるもので、多賀賢治が同列車の所定乗務機関士として六五〇D列車の到着と同時に乗り継ぎ、下り5番線ホームに据えつけ午後七時二〇分同駅を発車することになつていたが、同機関士は職場集会に参加したため同機関士に代つて六五一D列車を運転する乗務員が必要となつたが、予め本件闘争に備えて前日当局から代替乗務の業務命令を受けて同駅に待機していた広島運転所呉支所勤務の指導機関士重田進が同列車の代替乗務機関士として乗務運転することとなつた。
ところで山上中執から前記指示を受けた被告人は同ホームに到着していた六五一D列車の乗客説得の要もあり、一人同列車の運転室に乗り込んだが、同ホームには広島地本執行委員坂井博の指揮する動員者と応援に配置された右津山支部の動員者等約六〇名位が待機することとなつた。一方同列車に代替乗務するべく重田機関士は、広島運転本部主任伊勢田元義外十数名の鉄道公安官に擁護されながら同日午後七時四〇分頃同ホーム陸橋階段下に到着し、同列車先端の運転室に乗車しようとした。これに対し被告人は右運転室内から同室乗降口附近にピケを張つていた百数十名の組合員に対し「スクラムをしつかり組め、こつちへよれ」などと指示し、組合員はこれに従つてスクラムを組み「ワツシヨイワツシヨイ」と掛声をかけて気勢をあげるなどし運転室乗降口の方へ前進しようとした重田機関士等の前に立ち塞り暫時押し返す等の所為に出たため同機関士等は前進できず右陸橋階段下まで押し返えされるに至つた。更に数分後再び乗車すべく同機関士等は約三〇名の鉄道公安官に守られながら前進したが、前同様約二分間にわたつて組合員等に前進を阻止され階段下まで押し返えされた。そのため同機関士等は乗車を一旦断念し、多数の鉄道公安官の応援を依頼した。依頼により応援出動した鉄道公安官を加え約一〇〇名位の鉄道公安官が同機関士を取り囲むように隊列を組み右陸橋階段下に到着したその時同ホームに応援に駈けつけた山上中執に対し、当局側の者がピケ隊を引くよう要請したが、同中執は、六五一D列車に乗務するのは正規の乗務員であるかどうか、乗務する事を納得しているのか否か等確かめて乗務員を説得したく、鉄道公安官が実力で乗車させるのを一時中止してもらいたい気持から、同列車に乗務する者が運転経験のない助役や、運転実務から長期間離れている人であればいけないから話し合がつくまでピケ隊を解くことはできない旨応答した。その間当局側は再三マイクでピケ隊を解き機関士を乗車させるよう要請していたが、組合員等はこれに応ぜずスクラムを組み機関士の乗車阻止の態勢を固めた。そこで右鉄道公安官等は重田機関士を同列車に乗車さすべく前進したところ、組合員等はこれに対し前同様その前面に立ち塞り同機関士を擁する右鉄道公安官等を押し返す等し、その間被告人は同列車運転室内から組合員等に対し「スクラムを組め」等云つてこれを指揮し、右組合員等と共に同機関士の乗車を阻止した。そして同日午後七時五七分頃に至つて遂に右鉄道公安官等が同列車運転乗降口附近の組合員等を押し返し、運転室内の被告人を車外に排除して通路を確保し、同機関士を同列車に乗車させ、同列車は定刻より四〇分遅延して同日午後八時に同駅を発車した。
以上の事実は<証拠省略>によつてこれを認めることができる。
なお検察官は、被告人の本件ピケ行為の一つとして六五一D列車運転室内部から乗降口の扉を閉めるなどして機関士の乗車を阻止した旨主張し、それに沿う供述として、第四回公判調書中証人板岡千城の供述部分に「公安官は大体五列縦隊でピケに当つて行きましたが、はじめは四回位押し返えされ、最後はぶち当るようにして六五一D列車の乗務員昇降口辺りまで押し返えしましたが、その時指揮者が昇降口ドアを中から閉めて乗務員を乗車出来なくしました」、「気動車のドアは内側から開けられるようになつており、指揮者が運転台の中に入りドアがパチンと閉つたので指揮者が閉めたと思います」旨の供述がある。しかし同証人は弁護人の「証人の立つていた位置からでは運転席のとつて(乗務員乗降口の扉の把手の意と思われる)などは見えないのではないか」との問に対し「はい見えません」と答え、又「ドアがパタンと閉まつたと証言しているが、その音は聞えたのか」との問に対し「聞えません」と答えている。結局同証人の目撃した事実は、六五一D列車の運転台の中へ被告人が入つた、その時乗降口の扉が閉まつた、という二つの事実だけであり、扉のとつてを操作した動作も見えず、扉の閉まつた音も聞えなかつたにもかかわらず、運転台の中に入つた被告人が扉を閉め、その時パチンと扉の音がした旨供述しているのは、まさに右目撃した二つの事実を結びつけ推測した上での供述と考えられる。してみれば乗務員乗降口の扉を閉めたものが被告人であるとは一概に断定し難く、却つて証人原村太朗は、乗降口の扉は「私が閉めました」「簡単にいうと危険防止のためです。というのは公安官が押し寄せてくるので、そのために組合員がなだれ込んで怪我をしてはいけんと思つてホームからドアを引つぱつて閉めました」旨証言しており、運転席乗降口の扉が閉められた時点は先の証人板岡の供述部分からも明らかなように、重田機関士を囲んだ約一〇〇名位の鉄道公安官が組合員と押し合をした末右乗降口辺りまで組合員を押し返した時であり、その状況に照らせば証人原村の右証言も措信しうることからしても、検察官主張の事実を認めることはできない。
第三、弁護人等の主張に対する判断
(弁護人等の主張)
弁護人等は本件公訴事実につき次のとおり主張する。
(一) 公訴権の濫用
本件起訴は組合本部の指令によつて行動し、何等指揮権のない一組合員に過ぎない被告人に対しなされたもので公訴権の濫用である。即ち、被告人は組合の一組合員であり本件闘争も本部の指令に従つたもので、糸崎駅においても現場最高責任者である山上中執の指揮下に入つたものである。同駅5番線下りホームにおいて被告人のなしたピケツテイングは組合の意思により決定され本部指令によつて組合員である被告人に命ぜられたものであり、被告人は一組合員としてこれに従つたに過ぎない。そもそもピケツテイングは刑法上の責任を問われる行為ではないが、仮りに責任を問われる場合でもそれはピケツテイングを企画決定し且つ組合員に命じた者即ち本件においては当時中央執行委員長であつた林大鳳及び現場糸崎駅の最高責任者山上中執が刑事責任を負うべきである。それにもかかわらず検察官はこれ等責任者を起訴せず組合の指示に従い一組合員として行動したに過ぎない被告人のみを起訴したことは条理公平に反し法の下の平等の原則を破つたものであり公訴権の濫用である。よつて刑事訴訟法第三三八条第四号により本件公訴は棄却さるべきである。
(二) 憲法違反
公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)第一七条第一項は
(イ) 憲法第二八条に違反し無効である。
(ロ) 憲法第九八条第二項に違反し無効である。即ち、公労法第一七条第一項はILO第八七号条約を遵守していない。仮りに同条約に違反していないとしても、ILOの、公共部門における労働者のストライキ権を広範囲にわたつて禁止することを認めず特定の範囲の者についてストライキ禁止がやむをえないとする場合にも充分な代償措置が必要である、というストライキ権制限に関する見解は確立された国際法規であり、公労法第一七条は右国際法規を遵守していない。従つていずれにしても公労法第一七条は憲法第九八条第二項に違反し無効である。
(三) 重田機関士の乗務は刑法第二三四条の業務に該当しない
本件六五一D列車に代替乗務した重田機関士になされた業務命令は、当局と組合との間に三六協定が締結されていないのになされたもので違法であり、同機関士の乗務は刑法第二三四条の威力業務妨害罪にいう業務に該当しないというべく、従つて被告人の本件行為は右威力業務妨害罪を構成しない。もつとも広島地本は昭和三八年一二月七日、同日から同月一五日までの期間三六協定を締結したが、右協定は同月一五日に、支払予定の年末手当の支給を確保するために会計事務関係に限つて締結したもので右協定は指導運転機関士である重田には効力が及ばないものである
(四) 被告人には事実の錯誤により刑法第二三四条の故意がない
仮りに重田機関士に対する業務命令が適法であつたとしても被告人は当局の命ずる乗務員は労働基準法(以下労基法と略称する)第三二条、第三六条に違反する違法な乗務員であると確信していた。即ち、組合の本件闘争の予定は正規の乗務員は職場集会に参加し、代替乗務員は三六協定無締結のため乗務すれば時間外労働として違法乗務になるようになつており、本部は昭和三八年一一月七日付本部指令第一五号で全国一斎に同年一二月一日以降三六協定無締結の状態に入るよう指令していたことよりして、被告人は本件闘争時広島地本も当然本部指令により三六協定を締結せず、当局側の手配する代替乗務員は違法な業務命令によるものと確信していた。従つて被告人は本件起訴事実の起つた時点においては違法性を欠き犯罪を構成しないという事実の認識をしていたのであるから刑事責任を負わされる理由はない。
(五) 本件ピケツテイングの正当性
前記(二)において主張したとおり公労法第一七条第一項は憲法第二八条、第九八条第二項に違反し無効であるが、仮りに有効であつても公労法第一七条に違反した争議行為には民事責任を負わせるだけで足り、争議行為が労働組合法(以下労組法と略称する)第一条第一項の目的を達成するためのものであり、且つ単なる罷業又は怠業等の不作為が存在するにとどまり暴力行為その他の不当性を伴わない場合には右争議行為は刑事制裁の対象とならず、その限度において労組法第一条第二項の適用があり、従つて違法性を阻却されるべきである。本件争議は右の意味において正当な組合活動であり、その手段としてとられたピケツテイングも乗務員を職場集会に参加さすべく平和的に説得する必要に出たもので、これを実力をもつて阻止しようとする違法な(ピケ排除の権限はない)鉄道公安官の行為に対する防衛的消極的なもので、その目的及び手段からして許容せられるべき範囲に属するものであり、右ピケ隊の一員としてなした被告人の行為自体も同様正当性の限界を出るものではなく違法性を阻却されるべきである。
(裁判所の判断)
(一) 弁護人等の主張(一)について
検察官の公訴の提起は社会秩序の維持という観点から公益を代表して行うものであつて、公訴権の濫用があるというためには右公訴提起の目的、本質更に現行刑事訴訟法が起訴便宜主義を採り起訴、不起訴が検察官の裁量にかからしめられていることに照らし、右公訴提起がその目的本質に反し合理的な裁量の範囲を逸脱していると認められる場合に限られるものと解する。弁護人等の主張は、仮に本件ピケツテイングが罪となるとしても、被告人は一組合員に過ぎず本部の指令に基いて行動したのみであるから刑事責任は指令を決定して発した林中央執行委員長や糸崎駅における最高責任者山上中執にあり被告人には全くない又仮に右両名と共に被告人にも刑責があるとしても、被告人のみを起訴するのは不合理で公平、平等に反すると主張するものと解せられるが、前者の意であればそれは責任論の分野で論ぜられるべきであるし、後者の意であつても検察官が本件起訴当時、右林、山上も共に本件につき刑事責任ありとする証拠を収集し且つ公判廷において有罪を立証し得る確信を有したにかかわらず、故意に特段の目的の下に被告人のみを起訴したのか否か明らかではなくその他前述の公訴提起の目的本質や合理的な裁量の範囲を逸脱したと認められる理由もない。従つていずれにしても弁護人等の右主張は採用しない。
(二) 弁護人等の主張(二)について
先ず公労法第一七条第一項が憲法第二八条に違反しないことILO第八七号条約その他確立された国際法規に違反せず従つて憲法第九八条第二項に違反していないことについては既に最高裁判所大法廷昭和四一年一〇月二六日判決(刑集二〇巻八号九〇一頁)において論述されており、当裁判所も右判決と同一の見解であるので弁護人等のこの点の主張は採用しない。
(三) 弁護人等の主張(三)について
先に「第二、裁判所の認定した事実」の項において認定したとおり当局と広島地本とは昭和三八年一二月七日、同日から同月一五日までの期間三六協定を締結したものであつて重田機関士に対する業務命令は適法であり、同機関士の乗務を通してなされる当局の列車運行業務は刑法第二三四条の業務に該当するので弁護人等の右主張は採用しない。もつとも証人下田君人は当公判廷において、当局と広島地本との間で同月七日締結された右三六協定は同月一五日に支給予定の年末手当の支給確保のため会計業務関係に限つて締結した旨供述するが右協定書によれば昭和三八年四月一日付の時間外及び休日労働に関する協定の内容を援用し会計業務に限定していないのであつて、同証人の右供述は採用し得ない。
(四) 弁護人等の主張(四)について
弁護人等の主張(四)の意味するところは必ずしも明確ではないが、当裁判所はその主張を次のように理解する。即ち三六協定の締結されていない状態でなされた業務命令は違法であり、それに基く業務は刑法第二三四条の業務に該当しないところ、本件においては重田機関士に対する業務命令は右協定なくして違法な時間外勤務を命じたもので同人の乗務は右法条にいう業務に該当しない。しかし仮に右業務命令が適法であつたとしても被告人としては同機関士に対する右業務命令は違法でありその業務は右法条の業務に該当しないものと信じて行為にでたものであるから、被告人には同条の構成要件事実である業務を妨害することの認識がなかつた、即ち故意がなかつたものである。(弁護人等の右主張における「違法性を欠き犯罪を構成しないという事実の認識があつた」という表現によれば、いわゆる違法性に関する事実の錯誤を主張しているようにも受けとれるが違法性に関する事実の錯誤は構成要件に該当する事実の認識はあり、ただ違法性阻却事由について錯誤のある場合の問題であり、本件における弁護人等の主張は一貫して違法な業務命令による業務は刑法第二三四条の業務に該当しない即ち構成要件事実の問題として捉えているのであつて、同条の業務には該当するが違法性を阻却するものとして主張していない。従つて弁護人等の右主張を違法性に関する事実の錯誤として理解するには主張自体に矛盾があることになり、結局前記のとおり構成要件事実の認識がなかつたという主張に理解せざるを得ない)
そこで弁護人等の主張を右のように理解した上で判断してみるに、元来三六協定の締結されていない状態で時間外労働の業務命令がなされた場合右命令は明らかに労基法第三六条に違反し違法なものといわなければならないが、右業務命令が労基法上違法であるからといつて、直ちにそれに基く業務が刑法第二三四条の業務に該当しないということはできない。蓋し同条にいう業務の内容は刑法上それが同条所定の侵害に対し保護されるに値するか否かの観点から決められるべきだからである。刑法第二三四条の業務に該当するか否かの判断には、業務の原因が適法であるか違法であるかということは本質的なものではないというべく、同条による威力業務妨害罪の成立については業務と目される行為が存在し(本件の場合には国鉄乗務員がその地位において行う業務行為が存在した)これを侵害するものにおいてその存在を認識して侵害行為に出でるをもつて足り更にその業務の原因が適法であることまで認識するを要しないと解するのが相当である。
してみればこれを侵害するものにおいて、重田進が列車発進のため乗務しようとする事実を認識している以上、仮に右乗務が三六協定の締結なく労基法第三六条に違反したものであると確信したとしても業務妨害罪の成立を妨げるものではない。
ところで被告人は当公判廷において、最初鉄道公安官十数名の中に擁護されるような形で雨合羽を着た者がおり、それが乗務員だと客観的に感じたと供述していることから明らかなように、被告人には重田進が六五一D列車の発進のため代替乗務員として乗車に来たことの認識はあつたものと認められるから弁護人等の被告人において業務妨害の故意がなかつたとの右主張も採用しない。
(五) 弁護人等主張(五)について
前述のとおり公労法第一七条に違反してなされた争議行為でも労組法第一条第二項が適用される場合のありうることは前記最高裁判決の明らかにしているところである。
そこで被告人の本件行為が労組法第一条第一項の正当な行為といえるか否かについて検討してみることにする。
(イ) 本件闘争の目的
先に「第二、裁判所の認定した事実(本件闘争の背景)及び(本件闘争に至るまでの経過)」の項において認定したとおり本件闘争は組合員の安全確保、労働条件の改善のため反合理化安全運転の要求を主柱に昭和三三年以来繰り返されてきた闘争の一環をなすものであり、その具体的目的は直接又は間接に組合員の労働条件に関連するものであることは明白である。
(ロ) 本件闘争の社会に及ぼした影響
先に認定したとおり被告人の本件行為により直接及ぼした影響は六五一D列車が糸崎駅を約四〇分遅れて発車したことであるが、証人梶谷昭の当公判廷における供述によつて、右六五一D列車が約四〇分遅れて発車したことにより四四九M列車が三八分、八七貨物列車が五二分、一〇三七列車が四三分、四一七M列車が二八分それぞれ遅れて糸崎駅を発車したことが認められ、右各列車の遅延は結局は被告人等の行為に基因するものというべきであるが、右程度の遅延は未だ国民生活に重大な障害をもたらしたということはできない。
(ハ) 本件争議行為の態様
元来ストライキの本質は、労働者が労働契約上負担する労務供給義務を履行しないことにあり、その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者側に利用させないことにある。従つてピケツテイングの行われる場合であつてもその限界はスト破りに対し、これを止めさせるための説得にとどまるべきだということができる。しかしこのことはあくまで原則であつて争議行為が如何なる意味でも実力的であつてはならないと解すべきではない。蓋し労働組合の紐帯がそれ程強固ではなく、組合員に対する使用者の働きかけがしばしば組合指令よりも強い影響力のあるわが国の労働事情の下では、ストライキの行われた場合使用者側は往々職員その他の者によつて操業を継続したり、スキヤブを使つてピケ破りをしようとしたりして容易に組合側の説得などは聞き入れないものであるから、ピケツテイング本来の防衛的消極的性格は否定し難いがその限界を単なる平和的或いは穏和な説得以外に出ることができないとすれば、組合は説得の機会すら得られずあたらストライキの失敗を招く結果になりかねない。争議の流動性にかんがみ労使の行動もこれに即応すべく、例えば、使用者側や説得の相手方がかたくなに組合側の説得を避けようとする場合或いは更に積極的にピケ破りのための暴力を用いるような場合には、少くとも組合員として対抗上右説得の場を確保するためある程度の実力的行動に出る事は必要やむを得ない処置として容認されなければならない。労組法第一条第二項但書は暴力の行使を労働組合の正当な行為と解してはならない旨規定しているが、争議行為における一切の有形力の行使を禁ずる趣旨と解すべきではなく、前述の如くピケツテイングの正当な目的を達するため必要最少限度の実力的行動は右のいわゆる暴力には該当しないと解すべきである。
ところで上述の本件全般の経過を検討し特に、(1) 本件当日の午後一時頃、山上中執が関西地本の専従者を集め本件闘争の戦術概要を説明した際、本件闘争は乗務員の説得を主眼とするものであるから列車の前面にピケを張らないよう指示しており、且つ現実に本件争議行為として列車(六五一D列車を含めて)の前面にはピケを張つた事実のないこと、(証人山上邦彰の供述によつて認める)(2) 本件当日上りホームの指揮者であつた福井中執は、同ホームに一〇四〇列車が到着した際、同列車の乗務機関士は糸崎駅で交替することになつていたため、到着した機関士に降車して職場集会に参加するよう説得したところ、「当局から人が居なかつたら引き続き乗務するよう命ぜられており、本部指令はわかるが同列車が蒸気機関車であるし交替の乗務員が来るまで降りることはできない」と応答されるや、更に実力をもつて同機関士を降車させるようなことはせず、唯当局側との話し合で同ホームに居た鉄道公安官を退かせ、周囲の状況から交替乗務員の運転経験等を確認しただけで説得をあきらめ、結局実力行使により交替乗務員の乗車や同列車の発進を阻止することがなかつた事実(証人福井武の当公判廷における供述によつて認める)、(3) 被告人は下り5番ホームにおいて約三〇名位の鉄道公安官に擁護された重田機関士の乗車をスクラムを組んで阻止した時(第二回目の衝突)その公安官の中に津山から派遣されていた顔見知りの尾原という公安副室長が居たので同人に「紛争を起さないよう山上中執と話をしてくれんか」と依頼し、その段階においてなお話し合の場を持つべく努力した事実(被告人の当公判廷における供述によつて認める)、(4) 下り5番ホームにおいて、山上中執は当局側の者からピケ隊を引くよう要請されたときこれを拒否したが、それは運転の安全の配慮からで六五一D列車に乗務する者が運転経験の無い助役や、運転実務から長期間離れている者であればいけないから話し合がつくまでピケ隊を解くことはできない旨応答したものである事実、(5) 同ホームで一〇〇名位の鉄道公安官が組合のピケ隊に突入して来て組合員と押し合となり混乱状態に陥つたため、山上中執は危害の発生を考え組合員に退けと指示して退かせ、敢えてそれ以上の行動に出なかつた事実(証人山上邦彰の当公判廷における供述によつて認める)、(6) 最初糸崎駅機関区下り出区線に配置された被告人その他の組合員等が下り5番線ホームに応援に増派されたのは下り4番線ホームにおいて下り急行「しろやま」の交替乗務員を鉄道公安官に遮えぎられ説得する間もなかつたところから、六五一D列車の乗務員に対しては何とかして説得する場を持ちたいためであつたにもかかわらずその被告人その他の組合員等に対し、最初から約十数名の鉄道公安官に囲まれて重田機関士が六五一D列車に乗車するため押し進んで来たこと、更に当局側は鉄道公安官を次第に増派し、ただピケ隊の解散を要求するのみで組合側と話し合の場をつくろうとする気配のうかがえなかつた事実(証人坂井博及び同山上邦彰の当公判廷における各供述によつて認める)、(7) 六五一D列車の運転室に立入つた組合員は被告人のみであつて、それも乗客説得の任務を支えられていてその任務遂行のためであり、別段同室占拠の行動に出た形跡のうかがえないこと(占拠の目的があればそれにふさわしい組合員多数による立入等の行動に出るものと考えられる)、等を併せ考察すれば、右組合員等及び被告人の行動は重田機関士を擁する鉄道公安官等に対抗してかなり強力にこれを押し返す等の行動に出てその進行を阻んだことを認められるが、当局が当初より鉄道公安官を使用して遮二無二ピケを破ろうとしたのに刺激された組合員が激化することも事の自然の成り行きであつて一概にこれを非難し得ないのである。皮層的外形的事実のみから直ちに被告人等組合員に列車の発進自体を阻止する目的があつたと断ずるのは早計に失するものであつて(仮に列車発進の阻止自体が目的であれば、組合員等も一段と激しく鉄道公安官等の進行を妨害するとか、列車前方の線路上にピケを張る等の行為に出るものと考えられる)同機関士説得の機会を与えず唯有無を云わせず実力行使に出た当局及び鉄道公安官等に対しその攻撃を避けつつ、同機関士を説得する機会をつくる必要上やむを得ずなした行為でいまだ防衛的消極的性格を失わないものといわざるを得ない。従つて被告人の行為は正当なピケテツイングの範囲に属し労組法第一条第二項但書にいう暴力の行使に該当しないというべきである。
以上検討してきた如く、本件闘争の目的は組合員等の労働条件改善であり、いわゆる政治ストではなく、社会に及ぼした影響も重大ではなく、被告人の行為も許されるべき行為の限界を越えていないことを総合して判断すれば、被告人の本件行為は正当な争議行為として労組法第一条第二項本文の適用を受け違法性を阻却するというべきである。
第四、結論
以上において認定してきたとおり被告人の本件所為は結局刑法第二三四条に該当し、且つ有責であるが、刑法第三五条の正当行為として違法性を阻却されるので刑事訴訟法第三三六条前段により被告人に無罪の言渡をすることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 藤原吉備彦 板坂彰 池田博英)